鬼の哭く夜〜

ゴン… ゴン…


私が大学時代に住んでいた、清風荘の103号室のドアが静かに…そして力強く鳴り響いた。

時刻は24:30を回っていたと記憶している。

このような非常識な時間に訪れる客は限られており、私は例によって嫌な予感はしていたものの、無視する訳にもいかずにドアを開けた。

ドアの前に立っていたのは案の定、大学の悪友・黒田だった──。

黒田はまるで、アンヌ隊員に『ボクはウルトラセブンなんだ』と告白する時のモロボシ・ダンを彷彿させる神妙な面持ちで、静かに口を開いた。



黒田
「HUN……、俺…  本気のオニゴッコがしたい…




黒田はいつもこのような意味不明のことを大真面目に、かつ唐突に言ってのけてきて私を困惑させる。



HUN
(かかわっちゃいけない…)



咄嗟に感じて本能的にドアを閉めようとしたが、寸前で黒田の手がドアの隙間にねじ込まれ、ジャッキのごとくミシミシとこじ開けられた。

HUN
「いやだよ! 勝手にやれよ。何だよ“本気の”って。こええよ」

黒田
「やろーよ、HUN。 いいから・・・い い か ら !










ちぃともいくねーよバカ。










私は必死にドアノブを引くものの、戦闘力で言えばチョットしたグリズリーをも上回る黒 田のパワーに勝てるはずも無く、このまま引き合いを続けていれば確実にドアノブすっぽーんで、大家から大目玉である。

私は諦めた。いつもこうだ。きっと、黒田はバカだから“交渉”などという日本語を知らないんだ。国会とかも腕相撲で決めているとか 思っているかも知れない。

仕方なく黒田について深夜の外に出て行った──。







大学のすぐ隣にある洗車場『ぴか丸』に、長谷、東くん、山西が終結した。

と、言うよりも私が呼んだ。








だってなんか怖ぇもん。(´・ω・`)








詳しい事情を話さずに「とにかく来てくれ」とだけ言って電話を切ったので、皆はそろって訝しげな表情だった。


長谷
「なに? なに始めんの?」














バカが。ウキウキした顔しちゃって。














私は一同を見渡して発表した。

HUN
「はい! この様な時間であるにもかかわらず、お集まりいただいた皆様、誠にご愁傷様です。」

一同
「ご、ごしゅ…?」


ぴか丸がにわかに騒然となった。


HUN
「今宵、黒田主催の“本気オニゴッコ”を開催いたします!」


『黒田主催』+『本気』というNGワードを耳に流し込まれた皆が、瞬時に涙目になったのを記憶している。

そんな彼らを尻目に、集合時から終始腕を組んだまま、無言を貫いてきた黒田がゆっくりと目を開け、開催の挨拶をした。






黒田
「今夜・・・ 俺は“鬼”になる!






後に東くんは、この時『黒田の背中から闘気(オーラ)のようなものが見えた 気がする』と語っている。

しかし、そこで待ったをかけたのは長谷だった。


長谷
「純粋な脚力でこの黒田に勝てる訳ねーじゃん。種目を考え直そうぜ」


さすがは長谷、このような絶望的な状況下でも、生きる望みを捨てない冷静で頼りになる男だ。

結局、慎重な協議の結果、普通のオニゴッコならば勝ち目が無いので『タカタカオニ』をすることとなった。

時間制限があるとは言え、GL(グランドライン)より高い場所に登っている限りは鬼にタッチされないルールによって、我々は生存の可能性を見い出したの だった。



『じゃーんけーん  …ポン!アイコでショ!!ショ!!ショ!!』



最初のオニは山西。

『黒田じゃなくて良かった』と全員が胸を撫で下ろしながら散り、始めの数分は皆、童心に返って和気藹々と楽しんでいた。

ところが、一向に狙ってもらえない黒田がシビレを切らし、逆にオニ をマークし始めた頃から様子がおかしくなっていった。

片足を縁石に乗せつつ、もう片方の足を地面にチョイチョイと付け、


黒田
「ほれ。…ほれ!


などと、『俺を狙ってみろ』と言わんばかりに挑発を繰り返しだしたのだ。

しかしオニの山西は、父親が山林関係の仕事をしているというだけの理由で、自ら『キコリ』というニックネームを付けるという自虐的な男ではあったが、黒田 に狙われる…と、いうより襲われる恐怖に 打ち勝てず、黒田を狙うと見せかけて別のメンバーを追い駆けたりしていた。


深夜にワーワーキャーキャー言いながらタカタカオニを楽しむ大学生たち。

しかし数分後、私がタッチされた直後からこの楽しげな声が悲鳴に変わることを我々は知らない──。


HUN
「くっそー、よーし!」


新たにオニになった私は、腕まくりをしながら周囲を見渡した時、心臓が止まる思いをした。黒田が高いところには登る気配も 見せず、私のすぐ後ろで仁王立ちして睨みつけていたからだ。


黒田
「俺を“えった”しろ!」
(※えった:北海道で言うところのタッチの意)










ゲーム性まったく無視ですか。









しかし私は腹を空かせた野生動物さながらの迫力に圧された。タッチしなければ殺されかねないとすら感じ、黒田の肩をポン…と叩いてオニの交代を告げたの だった。


黒田
「逃げろ…」

HUN
「へ?」

黒田
「できるだけ遠くに逃げろ…早く……!!!


自分から『タッチしろ』と言っておきながら、今度は『さっさと逃げねえと、どうなっても知らねーぞ』的な発言である。

しかも、これは少年ジャンプなどで主人公が制御しきれない潜在的戦闘能力を開放するような時に使う台詞だ。










お前は中学生かバカ。









だがこの時、私の背筋には戦慄が走っていた。バカなだけに、本気なのだ。得体の知れない恐怖に包まれ、本能の命ずるまま私は走った。がむしゃらに走った。少しでも遠いところへ、少しでも高いところへ、… と。

そして数秒ほどしてからだろうか。狩りの開始を告げる黒田の咆哮が深夜の洗車場に響き渡り、真夏であるにもかかわらず我々の肌は粟立った。




















黒田
「マフゥゥゥゥーーーーッッ!!!!!」





















うるせえ、いま夜中だぞ。















そんなツッコミを入れる間すら与えず、まさに鬼の形相をした黒田がメンバーを追い掛 け回し始めたのだ。




「ヒ…、ヒイィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」(パ ニック




そこには成人男性が出す本気の悲鳴がこだましていた。黒田に狙われたメンバーは例外なくこの悲鳴を絞り出しており、追う方も逃げる方も真剣そのものだっ た。




──数分後




長谷はかつて無い窮地に立たされていた。
かろうじて縁石に登ってはいるものの、背後は飛び移りが不可能な2メートルほどのブロック塀。そして目の前にはヒグマのような大男が両手を広げて「コッ フ… コッフ…」と息を荒げている。

右脇にある網フェンスに飛び移れば生存の可能性はあるが、その距離は1.5メートルから2メートルほどはあった。文字通り崖っぷちである。

青ざめる長谷に、黒田はこう告げていた。


黒田
「飛び移れ。でも落ちるなよ・・・落ちたら俺は何をするか分からないぞ…。

長谷
「ら、乱暴はよせ…」


まさかニューヨークかどこかの裏路地で耳にするような会話を旭川で聞けると思わなかった。

そして、さらにルールというプレッシャーが長谷を追い込んでいた。


〜ルール〜
高 い 場 所 に  は 1 0 秒 以 上 い て は い け な い



黒田
「これから10秒カウントするからな。飛び移らなかったらハイキックをおみまいしてやる」(黒田は極真空手の猛者)


長谷の顔が、苦渋の決断を迫られるカイジに見えた。









苦渋の決断を迫られている長谷さんのイメージ










長谷の腹が決まらぬうちに、無情にも黒田が空手の構えをしながらカウントを始めた。


黒田
「9…  8…  7…  6…  5…  4… 」


そしてカウントがまさに「0」になるかならないかのタイミングで、腹を決めた長谷が「わあああひぃぃい!」み たいなことを叫びながら網フェンスに飛び移った。それは同時に黒田が長谷のいた場所に本気のハイキックを繰り出した瞬間でもあった。

長谷はスパイダーマンのように網フェンスにしがみ付き、肩で息をしながら、






長谷
チュインった!おい!チュインったって!!


※イメージ画像





などと意味不明なことを叫んでいたが、よくよく聞いてみると、黒田のハイキックが背中あたりを『チュイン!』とかすめた──ということらしい。

明日はわが身、と身震いするものの、その本気ぶりがあまりに可笑しく、近くにいた東くんに「今の見た?(笑)」と問いかけると、







東くんは両手を合わせ、耳なし芳一のように必死にお経を唱えていた。






東くんが卒業後、『坊主は儲かるらしい』と言って仏門に入ったきっかけがこの事件だったかどうかは定かではない。



2007.6.16


彼は公言どおり生臭坊主になったのだろうか。