救世主〜


──今から少しさかのぼり、時は2005年・クリスマス前のこと。




 私はこの時期が一年の中で一番嫌いでございます。

 なぜなら、私の仕事は今の時期が一番忙しく、まぁそれは仕事だから構わないのですが、対照的に世の人々がクリスマスやら年末ムードに浮かれ気分でロケンロールだからでございます。

 毎晩のように最終電車に揺られて帰宅している『小鹿のゾンビ』さながらな私の周囲で、気持ちよく酔っ払っちゃってるオジサマの多さといったら、軽ーく地球全体を呪えちゃうくらいでございます。

 そんな中、その晩に出会った最悪なオジサマは、バカみたいに赤い顔をしてインリンばりに大股を開き、7人しか座れないシートなのに1人で2人分のスペースをガッチリキープして居眠りブッこいている始末でございました。







 その短い足をお行儀よく閉じれば、もう1人座れますでしょうが。






 見かけはアミバを金髪にしたようなワタクシですが、こう見えてもモラリスト。我がもの顔で座席を占拠するオジサマに紳士的な申し出をいたしました。「つめてください」と。




「つめてください」
【社会人としてあるまじきヘアースタイル『偽りの天才』ことHUNさんのイメージ】







 すると、そのオジサマは大変怪訝そうな表情で、まるで


『他(自分の隣以外)に空いてる席はないのかよ?あーん?』


と言わんばかりにジロっと周囲を見渡したのでございます。






 甘い、甘いよブライトさん。





 事実、他には空いてないし、空いていたとしてもボクはきっとオジサマに同じ事を言っていたさ。ボクは目を逸らさないよ。負けるもんかっ。

 結局、オジサマは渋々ながらも足を閉じて座り直してくれたので、1人分のスペースが確保されたのでございます。土曜も日曜も休みが無かったワタクシにとって、短い時間とはいえ座って帰れるのはありがたいものです。


 「ふぅ」と小さく息をつきました。


 ほとんど同時だったでしょうか。隣から「げぇふ…ぐぉふ」という不快なゲップサウンドが強制的にワタクシの鼓膜を刺激してくるのです。先ほどまで座席を占拠していた酔いどれオジサマでございます。


















 音も不快なのですが、とにかく臭いんです。ええとても。













 元・ニンニクだった物質とか、元・鳥肉あるいは豚肉だった物質のオイニーが、おそらく醤油ベースのタレか何かとオジサマの体内分泌物とで程よくブレンドされ、生温かくも湿った空気となって付近に散布されました。







 これは無差別テロでございます。シラフなのにゲロっちゃいそうです。






 立て続けに2発やられたので、ワタクシは不快感を露にし、少々嫌味だったかも知れませんが眉間にシワを寄せ、口元を手で覆ってオジサマを一瞥しました。オジサマに気付いて欲しかったのです。口が臭いのだったら仕方ないけど、ゲップは我慢できるだろ。と。


 幸いにも、オジサマはワタクシの送った無言のメッセージを受け取ってくれたようです。ポケットをガサゴソと漁り、チューイングガムを取り出して口に入れてくれました。

 良い心掛けだと思います。お口のエチケットを携帯しているオジサマに、先ほどは少々嫌味な事をしてしまったかな、とワタクシが後悔した矢先、



 クッチャ ぐっちゃ ぴちゃっ ×100(リズミカルな不快音のループ)



 これにはワタクシも参りました。発狂しそうです。鼓膜をレイプされた気分です。

 どうしてメジャーリーガーのようにアゴを大きくグラインドさせながら音を立ててガムを噛まなくてはならないのでございましょうか。オジサマ日本人っしょ?メジャーリーガー違うっしょ?サラリーマンっしょ?

 挙句の果てには、歯に何か詰まっているのが気になりだしたのか、美川憲一のように口の左半分だけ不自然に吊り上げ、







 プシーッ!ジュシーッ!






と吸引力で異物を取り除こうとガムシャラに挑戦し出したのです。






















 店出る時に爪楊枝をもらえば良かったじゃないのさ!

















 くちゃくちゃ音にそんなアレンジまで加えられ、笛の音で苦しむキカイダーのように悶絶していたところで赤羽岩淵に到着。

 あと数分到着が遅ければ、ワタクシはひょっとしたらこのオジサマに逮捕覚悟のマウントパンチを繰り出していたかも知れません。そういう意味ではお互いラッキーでした。

 いえ、なにも普段からこのような野蛮な発想をしている訳ではありません。それ程この時期は身も心も疲れきり、ダークサイドに引き寄せられているという事なのでございます。


 「この世に救いはない……」


 そんな風に思い詰め、足どりも重くホームを出たと記憶しております。




 でも、そんなワタクシを救ってくれたのは帰りに寄ったコンビニの見習いアルバイト君でございました。深夜のため、弁当を買って帰る事になったワタクシは、品薄の棚から唯一残っていた弁当を手に取り、レジに向かったのでございます。

 慣れないバイトを始めたばかりで緊張していたのでしょう。少々どもりながら彼はワタクシにこう尋ねてきたのでございます。




店員
「こ、こちらのお弁当は…… 温 め ら れ る のでしょうか?」



















 …………。

















うん、訊きたい事は理解できます。わかるわかる。通じるよ。でもね、でもね、チョットだけイジワルさせて。←ドS





HUN
「おそらく……温められちゃうでしょうね、この弁当。




店員
「あ、、いえ、その…じゃなくて…」





















笑。


















 彼のお陰で、それまでのイライラはウソのように解消され、翌日も高いモチベーションで出社できたのでございました。魂の救世主は案外皆様の身近にいらっしゃるのかも知れません。そんなお話しでございました。



2006.1.5


平井堅のバラードを聴きながら書く。