〜悪魔のJ(ジムニー)〜
| 自動車──。それは広大な北海道に生息する大学生にとって必需品である。1年生も含めた在学生の実に8割ほどが自分名義の、いわゆる“マイカー”を所有していた。 スタイルは様々で、レジャー性の高いもの、ファッション性の強いもの、国産車もあれば外国車もあり、大学の駐車場はそこらの中古車センター顔負けである。(“モーターショー”と呼べるほど良い車はあまり無い) 中には速さのみを追求し、1リットル当たり400mしか走らないという地球に優しくないスポーツカーも存在しており、『貴様はそれでも宇宙船・地球号のクルーか!』と今でこそ叱りつけたい気もするが、当時はそういうのこそがステイタスであり、憧れの対象でもあった。 (※)当時でもファミリーカーでは1L当たり10km以上は平気で走りました。長距離運転では25kmほど。 例外なく我々も車は所有しており、私は“頭文字 D”でお馴染みのAE86。赤黒のトレノを駆る走り屋であった。外見はマフラー以外はほとんどノーマルと区別がつかないが、足回りをカチカチに固めたり、車高を3cm下げたり、という『通』しか気付かないこだわりを持っていた。 長谷はマツダ・ファミリアに乗っており、決してナウなギャルに人気のある車種ではないが、内装・外装ともにいつも綺麗にしており芳香剤も完備、カーステレオにこだわりを持った乗り心地の良い車だった。 ところが黒田はと言うと、年式は古いものの「ゴルフ」という外車に乗っていた、と言えば聞こえは良いが「車はタイヤが4本付いていて走れば良い」を地で行く無頓着ぶりで、下取りに出したら間違いなく逆に金を取られるであろう有り様であった。(廃棄手数料?!!) 3人で開催した「ハードボイルドに車から降りるコンテスト」では“ハードボイルド”と“バイオレンス”を勘違いして回し蹴りでドアを閉めたり、ある時はおもむろに油性マジックを取り出してリア部分に「ごるふ」と汚い字で書いて周囲を失笑させたりと、車の価値を大きく下げる行為ばかりだったのである。 (後日談では、所有者名である『くろだ』と書くつもりが、うっかり車名の『ごるふ』を書いてしまったらしい。) 『フォルクスワーゲンをボロクソワーゲンにしよう』という理解不能な発言をし、ボンネットにそれはそれは見事なカカト落しを決めたりもしていた。 ドイツのクラフトマンシップなどクソ喰らえ、と気の毒なほど愛情を持ってもらえなかったゴルフは2年という長い間、黒田にコキ使われてその短い生涯を終えたのである。 しかしゴルフが逝った3日後、黒田が得意気に報告をしてきた。何でも格安で次の車を購入したらしい。 ※ 黒田に呼びつけられて大学の駐車場に行ってみると、黒田がテンガロンハットを深々とかぶり、親指でクイッと1台の車を指差した。 その先にあるのは当時、郵便局車としてよく目にしていたスズキ・ジムニー。ところどころにサビがあしらわれており、オレンジ色の車体は明らかに『元は赤でしたが日に焼けてこんな色になりました』感がありありとしている。 2万円という自転車ほどの金額で購入しただけあって、納車初日からゴルフを凌ぐオンボロぶりだ。 しかし本人は大そう気に入っている様子で、ウキウキしながらドライブに行こうと乗車を勧めてくる。 何がそんなに気に入ったのだろうか。 私と長谷は対照的に重い気分になったのを今でも覚えている。 乗り込もうとした際、私は思わず顔を背けた。車内の熱気がムワッと顔に襲い掛かってきたせいもあるが、何よりも古い車がもつ独特のニオイがとにかくキツかったのだ。タクシーでたまにある「ヤニ臭さ」というか、排気ガスの臭いというか、大昔のマイクロバスのニオイが充満しているのである。発進する前に酔ってしまいそうだ。 それでも、躊躇する私を見た黒田はいいから乗れ、と言わんばかりに運転席から私のシャツを掴んで引き込むから堪ったものではない。 バボムッ!! 渋々ながらも乗車してドアを閉めた私と長谷。この後、我々は運転手の信じられないドライビングテクニックを目の当たりにすることとなる。あんな運転方法はどこの自動車学校でも、どんな車の取扱説明書でもお目にかかることはないだろう。 HUN 「お…おまえ、何それ?」 黒田 「あー?いいだろ。これ。(笑)」 足元から伸びている毛糸のようなヒモを右手の人差し指に巻きつけながら楽しそうに笑う黒田。同乗する以上はこちらも命を預けることになるので、「いいだろ。これ。」では済まされない。納得のいく説明を求めた。 黒田 「手綱だよ」 解答は文章にすると実に4文字だけである。発音しても5文字にしかならない。 も う 意 味 わ か ん な い 。 眉間にシワを寄せて呆気に取られている我々などお構い無しにエンジンは始動する。 モ゛ーーーーンモ゛ンモ゛ンモ゛ン… モ゛ーーーーンモ゛モ゛モ゛モ゛モ゛モ゛モ゛ン… 芝刈り機のようなエンジン音が、不思議なことに黒田の指先の動きと同調している…。まさか…。もしかして…。 黒田の足元を覗き込むと、案の定、あるべきはずのアクセルペダルがあるべき場所に無い。まさかとは思うが、ペダルが壊れて無くなったから、その先の部品にこのヒモを結びつけて連動させているのでは?!(カルチャーショック!!!) 黒田 「ひぃーーやっはーーーっ!!」 降りようとドアに手をかけた瞬間に黒田がグイッと“手綱”を引き寄せて車を発進させた。確か、世の中ではこれを“拉致”と呼称しているはずだ。 本人はカウボーイ気分かもしれないが、我々の目に映るこの男はもはや 北斗の拳の1巻に登場した、食料とオアシスを求める世紀末の無法者以外の何者でもない。 モ゛ォォォーーーーン モ゛ンッ! モ゛ォォォォーーーーン… 馬を扱うがごとく巧みな手綱ワークでスピードアップ。シフトアップするごとに「どんなもんだ」とこちらに向けられる得意気な笑み。まるで『僕が一番上手にガンダムを使えるんだ!』と言わんばかりだ。 同乗者にしてみれば、その一挙手一投足が恐怖の演出でしかないのに。 黒田 「ハイヨー シルバーッ!!」 HUN 「ひぃぃぃぃーーーーっ!!」 長谷 「………ッッッッ!!!!」 あるいは暴徒のような狂気の雄叫びを、あるいは少女のような細い悲鳴を、あるいは声にならない恐怖の叫びを乗せながら、人差し指で動く悪魔の鉄箱は1時間ほど郊外の田舎道を走り続けたのであった。 2005.8.19
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