〜バレンタイン de 思うこと〜



 

バレンタインデー。

既に付き合っているカップルにとっては、クリスマス・イヴが一年で一番のメイン行事なのだろうが、「これから」っていう若い男女にとってはこのバレンタインがメイン行事ではなかろうか。

本命の男の子に

「どんなチョコをあげよう…」

「受け取ったときどんな顔してくれるかな?」

などと小さな胸を膨らませ、一週間も前からドキドキそわそわの女の子。
 

男だってそうだ。この日は男としてのステイタスが計れる日なのだから、落ち着いてなんか居られる訳がない。

前日なんかは、もらえる確証なんて何もない好きな女の子から、チョコをもらった場合のシュミレーションに余念がなく、ちょっと自信家の色男予備軍あたりは、本命じゃない子からもらった場合のリアクションまで鏡の前で練習しているに違いない。

しかも、普段だったら仲良しグループ4〜5人で登校しているクセに、この日に限っては群を離れ、一匹狼で登校してくる輩が非常に多い。(しかも最徐行

「女の子が自分に渡しやすいように…」なんて気を利かせているつもりなのだろうが、大半は切ない想いを噛みしめながらの登校を余儀なくされているのはお約束の光景だ。

授業の合間の短い休憩時間なんかは男子も女子もチラチラと目を泳がせて落ち着かない。

チョコを渡すタイミングを見計る女子と、好きな子が自分にくれそうかどうか動向をチェックしまくる男子。

様々な想いがこもった視線が一瞬間隔で鋭く交差しあう中、うっかりクラス一の嫌われ者と目が合っちゃったりしようものなら、
 
 

「いま絶対、『好きだ』と勘違いされた…!!!」涙目




と、せっかくのウキウキデーもブルー一色に豹変し、半ベソをかきながら仲良しの子とトイレに駆け込んだ女の子も多いのではなかろうか。
 

青春だ。
 

「チョコを渡す=アナタが好きよ」という方程式が成立する唯一の日。

バレンタインというキッカケが無ければ、なかなか想いを伝えられない蒼い果実たち。

最近の学生達はどうか知らないが、私たちが小・中学生だった頃は、まさに青春と呼ぶに相応しい初々しい一ページが存在していたのだ。
 

ところが大人になってくると、この方程式にも変化が生じてくる。

「チョコを渡す=でも好きでも何でもないから勘違いしないでね」という式が新たに加わり、連立方程式になってしまったからもう訳が分からない。

そう、義理チョコだ。

何のために奴が発生しだしたのか。

毎年誰からももらえないでガックリ肩を落として帰宅する万年係長へのお情けが発端なのか?

それとも、お調子者の若手社員が「明日、僕にくれないんでくかぁ?くださいよぉぉー。」などとシツコク付きまとってくるのにウンザリした女子社員が「本っ当に、好きでも何でもないからね?!!」と義理でくれてやったのがキッカケなのか?

いずれにしても、「義理」と前面に出てきている以上、そこに人情はあっても愛情は無い。

そんな戦力外通知にも等しい物を受け取って喜んでいる男が本当に存在するのだろうか。

よもや10〜100円程度のチョコを大事そうに持ち帰り、
 

「どうだ?ワシもまだまだモテるだろうが。がはは」
 

などと奥さんに大威張りするお父さんも居まい。

喜んでいる人間がいるとすれば、それは義理チョコをもらった男ではなく、お菓子メーカーの関係者くらいであろう。

そう、おそらく義理チョコ誕生の裏にはその辺が絡んでいる。

我々は、お菓子屋商戦とメディアに踊らされているのだ。

女の子に大量にチョコをバラまかせ、逆にホワイトデーでは、その大量の男どもにクッキーなどを買わせる物量作戦。

全部喜んでいるのはお菓子屋関係者だけである。

近年、ホワイトデーにパンティーをお返しとするのを風習とした会社も出現してきているが、それは「オマエ達の思い通りにさせてたまるか」と、いち早く敏感に悟った優秀な男子社員が立ち上がったからであろう。(※注: 私の事ではありません)

そこにはハラスメント的な意図は微塵も感じられない。いや、そんな事を感じるのは失礼に値する。

強大な組織に立ち向かう、勇敢なドンキホーテなのだ。ホワイトデーにそういうお返しをもらった女子社員は、どうか素直に喜んであげて欲しい。(※注: 本当に私の事ではありません)
 
 

話しは逸れたがとにかく、そろそろ無意味な義理チョコのやり取りに終止符を打っても良い頃ではないのだろうか。

金額の大小や、物理的な大きさで愛情を計るというつもりは全くないが、義理チョコをバラまくお金があるのだったら本命チョコに多少なりとも回した方が良いのではないだろうか。

メディアが普及させた風習などに拘らず、昔の…学生時代のような純粋な気持ちで本命だけに愛の告白を是非していただきたい。
 

また、既に付き合っているカップル間でもチョコのやり取りはあるのだろうが、慣れてくると形式に拘らなくなっていくのは仕方がないことだとは思う。

最初は手作りのハート形チョコだったのが、市販のチョコに変貌し、さらに段々と小さくなっていく、といった手抜き・ローコスト化も仕方ないだろう。

男性諸君もこの辺は理解して上げよう。
 
 

しかし、
 

「オマエ、別にチョコなんていらないよな?」
 

は、どうだろうか。そんなことを言われたら、
 

「義理でいいからください」
 

と言いたくなってしまうのである。(矛盾!!!
 

バレンタインのチョコは女性にとって愛の証であると同時に 、男にとってはステイタスなのだ。ってお話。(笑)
 

義理チョコもらって勘違いしちゃう男子も中には居るんだろうね